百合の厚ぼったい花弁が美しくて、落ちてもそのままにしておいたら、なかなかに場所を取るようになった。それでも動かせないから、1とQの文字が打てない。
月: 2020年6月
Quarantine Day 13
Chip, you finally came to my room after one week interval! You made my day!
I’ve noticed both you and my plant have a long tail. The plant used to be like a small green ball, but now it looks so gorgeous. Well Chip, you have also a beautiful tail, it must not have grown recently though.
朝からよいことがあった。チップが1週間ぶりに屋根裏部屋に上がってきてくれたのだ。久しぶりにチップと床でごろごろする。
ふと見上げると、部屋で育てている植物の長く伸びた葉が、動物の尻尾のように見えた。植物園の売店で買ってきたこの植物は元は小さな緑の塊のようであったのが、私が日本にいる間に家主の奥さんが大切に世話をしてくれたので、こんなに立派に成長した。青々とした見事な尻尾に惚れ惚れとする。おっと、チップ、あなたの尻尾も艶々と光っていて美しいですよ。さすがに最近はぐんぐん伸びることはないだろうけれど。
Quarantine Day 12
夜9時になっても穏やかな昼下がりのように明るい空の下、家主のお嬢さんたちがお友達と庭で話している。何を見ても聞いても、面白おかしく感じられる年頃である。軽やかに奏でられる木琴のような笑い声が聞こえてくる。焚き火を囲んでいるらしく、パチパチと木のはぜる音と煙の匂いが屋根裏部屋に流れてくる。
今日は一日、好きな作家の小説を読んだり、映画を見たりして過ごした。電子書籍の文字や映画の画面を映し出すラップトップコンピュータとそれを眺める私の周りを時間がゆっくりと流れていく、ような気がする。まるで私とコンピュータの周囲の時間の進む速さが外の世界とは違っているように感じられる。
外の世界でも、人や動物や植物や無機物や、それぞれの存在の周囲に時間が発生して、それらが波紋のようにして交じり合い、歪んだり、伸びたり縮んだりしながら、やがて束になって流れていく。
小さい頃に何かに夢中になる度に、しばしばそんな妄想を膨らませたものだった。だから、きっと大丈夫だと。本当は塾の宿題をやらなければならない時間に、ピアノの練習をしなければならない時間に、私は大概別のことに夢中になっていた。あとで叱られるとわかっていても、自分を止められないのだった。
そんな時に、私の周りの時間もいずれ外の世界の時間と合流する、そうなったらきっとやらないといけないと言われることもすぐにできるようになるはずだ。いつか外の世界に流れ着くためにも、今は真剣に自分の時間の流れを作り出さないといけない。そんな言い訳を考えついたわけだ。
果たして、大人になった私は、外の世界の時間に合流できたのだろうか。庭にいるはずの少女の笑い声がずっと遠くで聞こえる。
老い
この数ヶ月、私は「老い」について考えている。つまりは、老化である。そう、老化に夢中なのだ。
足腰の筋肉の伸び縮みが長距離の移動に耐えられなくなったとか、尿意を催す頻度が格段に高くなったとか、そういう肉体の老化の諸々の現象について事細かく語り合うことは、己の肉体の各所の不備をいかに諧謔的に語れるのかという、もはや話芸の首尾、不首尾の域において一喜一憂するべき事柄になっている。
が、しかしだ。自分の身体の状態を含めた自己認識として女であるのか男であるのかという性自認の問題と同時に、他人から見てどうであるのかという他者認識の問題にかかると、事はそんなにおもしろおかしくもなくなってくるのである。
ふと思う。自分が男であると確信している人物は、老化によって、そうした自分の性自認が揺らぐことがあるのだろうかと。どうなのだろう。どうなのですか?教えてください。
つまりは、そうした性自認や他者認識という厄介な事柄は、老化という現象と切っても切り離せない問題であることに、私は遅まきながら数ヶ月前に気づいてしまい、愕然としたのだ。
紆余曲折を経て、私は、自分が女であるという性自認を得た、というか、最近になってそういう考えに至った。そういう出来立てホヤホヤの自覚が、老化という自分ではどうすることもできない現象によって脅かされているのである。これは大ごとなのだ。
私自身は、少なくとも「女」という語彙が恒久的なものではなく、「女」だと言われている存在が、そうした属性をつなぎ目としてそれほど簡単に一体感を持ち得ることはないと思っている。だとしたら、私にとって「女」という属性、記号は、どんな意味を持っているのだろう。
老いるとともに悩みは深まるばかりである。
Quarantine Day 10 aftermath
My landlord family saved my life after I got totally bored this morning. They invited me again to their lovely garden. I stayed in a cocoon-like swing chair for two hours, which made me so refreshed. I could concentrate on my work in the green beautiful environment. All right, it’s Friday. I deserve to start drinking now, it’s still 4pm though! Proost!
午前中に引き籠り生活にほとほとうんざりしたところで、家主家族に救われる。一階の庭にいらっしゃいと声を掛けられ、コンピュータを抱えていそいそと降りていく。
繭の中にいるような安心感を与えてくれる素敵なゆり椅子に2時間ほど腰を掛けて、眩いくらいの緑に目を細め、鳥の囀りを聞き、隣の家のおじさんが庭の手入れをするのを眺める。紫外線をたっぷりと浴びて眠くなるかと思いきや、仕事がするすると捗ることこの上ない。
うふふ、今日はいろいろあったが、よくやった。あら、今日は金曜日。そろそろ飲み始めようかしら、まだ4時だけど。この時期のオランダの日没は午後10時近くにもなる。まだまだ夜は始まったばかり。
Quarantine Day 11
I’ve got a sleeping problem for these two years and I wake up at 2 or 3am every night. Someone told me you need enough physical strength to sleep for long hours. OK, I am too old to sleep until the morning… Last night I woke up at 3am as usual and went to the living room to wait for getting sleepy again. And I encountered a breathtaking night view of the city of Leiden, which convinced me that I received a reward for being old.
ここ2年ばかり、深夜に目が覚めてしまう。寝るのにも体力がいるから、朝まで寝続けるだけの若さがもうないのかもしれない。いつまでも惰眠を貪っていられたあの頃が懐かしいと思いながら、水を汲みに居間に出た。窓の外を見遣ると、この世とは思えぬほどに美しい夜景が広がっていた。老いの報酬を受け取った気がした。