カオス

60年物の団地に住んでいる。建物と建物の間に作られた公園には、団地が建てられた当初に植えられたと思われる桜や欅、楓などが今や大木となって鬱蒼と枝を繁らせている。
それだけでなく、おそらく団地の住民がこの60年間に自主的に(もしくは勝手に)自分たちの好きな植物を植えてきたようで、団地の敷地内の土のあるところにはみっしりと様々な木々や草花が生えている。
それらがこの時期になると、一斉に薄緑色の若葉を芽吹かせ、それはもう美しいのだ。それは秩序立って整えられた美しさというよりも、緑がうねったり絡まりあったりして形作られるカオスの美しさなのだけれど。
そんな具合なので、団地には定期的に植木屋さんが入って、手入れをしている。定期的というよりも、もしかしたら彼らは木々の合間に定住しているのではないかと思う。それくらい頻繁に植木屋のおじいさん達は団地の敷地内にいて、そこら中で発生しているカオスに取り組んでいる。
きっとおじいさん達は団地が建てられた60年前から木々の手入れをしてきたのだろう。まるで思い人を抱擁するかのようにして、身体を木の幹にぴたりと沿わせ、キスでもするかのように、皺の寄った顔を木の幹に近づけて、葉を刈り取っていく様は、団地の植物たちを愛おしみ、カオスたらんとする彼らの力を抱き留めているように見えるのだ。

エアポケット

明大は今日からオンライン授業が始まる。
対面での授業が叶わぬ分、オンラインで伝えられる授業内容を組み立てようと、膨大な時間とエネルギーを使って授業準備を進めている教員たちの様子を傍らでみてきただけに、その思いが学生さんたちに伝わりますようにと願わずにはいられない。
私はといえば、未だに日本にいて、エアポケットに入り込んだような状態のままである。この機会にとオランダの図書館では手に入れられない日本語での翻訳本を集めて、論文を一本書き上げようと目論んだものの、ここ数日、停滞している。突破口が見出せないまま、本を組み合わせてパズルを始める始末である。困った。オランダに出発するまであと12日。

千里眼

どんよりとした曇り空をしとしと雨が降る天気のせいか、朝から偏頭痛に悩まされている。吉田玉男ことバランスボールにも乗り飽き、目の前には放ったらかしたままの本が積み上がり、憂鬱なことこの上ない。そんな時に届いた南房総のじろえむさんの野菜と卵。彰子さんは、いつも絶妙のタイミングで野菜を送ってくださる。千里眼を持っているのではないかと思う。

美しい煉瓦のように並べられた蓬と玄米のお餅のデコボコとした表面を撫でていたら、頭の鈍痛がしゅるしゅると緩んでいった。撫で仏ならぬ、撫でお餅ではないか。これを摂取したならば、私の体内に巣食っている邪悪な感情や陰鬱とした不安まで消えてなくなりそうである。

同伴

ある程度真面目な研究会に、吉田玉男を伴って参加した。小太りの同居人が隣に座っていると思われたのか、特殊な背景画像だと思われたのか、誰にも問いただされなかった。

房州うちわ

房州うちわを手に入れた。
老舗の太田屋さん製の浴衣地を使ったうちわである。
このところ急に気温が上がって蒸し暑くなった室内の空気を、しなやかな竹でできたうちわが柔らかくかきまぜてくれる。
否、そのために手に入れたわけではないのだ。上等な酢飯を作るためである。
ライデンのアパートの大家家族と寿司パーティーを開催する約束をしていたのだけれど、コロナの影響で延期になっている。
目下のところ、大家さんのお嬢さん達は、魚を取り寄せて寿司ネタ作りの練習中とのこと。
それならば、酢飯も美味しく作ろうと、寿司桶とうちわを買ったのだ。
晴れて寿司パーティーができるのはいつになることだろう。
ともあれ、寿司桶とうちわと共にオランダに飛ぶまで、あと2週間。

玉男

Preparing for hanging out with friends virtually. Don’t know what to do with the ball…
友人達とのオンライン飲み会の準備をしているのだけれど、バランスボールに「吉田玉男」と名付けてしまったばかりに、地面に置くことができなくて困っている。こうなったら、玉男さんと並んで飲み会に参加しよう。
吉田玉男さんとは、私が初めて人形浄瑠璃の公演を観て、たちまち夢中になるきっかけとなった、人形遣いの国宝の方のお名前です。ボール→玉→玉男という安易な発想をした自分の浅はかさが恨めしい。

Transparent

An awesome drama series!
“Transparent”というアメリカのドラマにどっぷりハマっている。
“Transparent”とは「透明な」とか「率直な」、「素直な」という形容詞であるが、このドラマの場合、その言葉に”trans”な”parent”、つまり「トランスジェンダーの親」という意味が懸けられている。
それがどういうことなのかは、ぜひドラマを観て確認していただきたいのだが、ジェンダー、セクシュアリティ、人種、民族、宗教、家族のテーマがこれだけ真正面に取り上げられているのに、諧謔的で笑いが止まらない素晴らしいドラマなのだ。
ユダヤ系の家族を中心とする物語であるだけに、当然、第二次世界大戦の話もパーソナル・ヒストリーとして織り込まれている。
日本では、最近でこそ小説や漫画、映画ではジェンダーやセクシュアリティ、歴史を取り上げた作品が作られているけれど、テレビドラマではほとんどないのではないだろうか。
もっとも、ゲイの日常を描いた『きのう何食べた』が話題になったのは記憶に新しいが、これも原作は漫画である。これがレズビアンやバイセクシュアルとなると、日本のドラマではほぼ存在していないかのようであり、トランスに至ってはバラエティ番組の中でのみ生きているかのようである。ビアンも、トランスもゲイもノンケも当たり前の日常を当たり前に送っているのだが。
Netflixでも”Sex Education”や”Pose”など素晴らしいドラマが作られているのだから、もはやそれらを観れば事足りるという時代なのかもしれない。
ちなみに、”Transparent”はAmazonのドラマなので、Amazonプライム会員の私は日本にいる間に全て観終わりたいと、浅ましくも毎日いそいそとAmazonプライムの画面を開いている。(トランスの主役の俳優がセクハラ事件を起こして、シーズン5で製作が終わってしまったのはかえすがえすも残念なことである。)