砂の女

毎日、オランダの新聞を読んでは、コロナ感染の状況を確認している。今週ようやく入院患者数が増加しなくなったのだけれど、それでも昨日(4/8)だけでオランダ国内では147名が亡くなり、403名が入院した。
家主家族や友人たちの話を聞く限り、ライデンの人々はロックダウンを受け入れて在宅での生活を続けている様子。彼らに「早く戻っておいで」と言われる度に、どうしたものかと悩む。
今回はたまたま出張ベースの帰国で東京に来ていたため、当初はオランダに予定通りに戻れないことにイライラが募った。でも、日本の状況も深刻化するのにつれ、東京にいる家人のことが心配にもなり、帰国予定日のだった4月5日にはもう観念して、しばらく東京にいることを受け入れていた。
そうこうするうちに、まもなく4週間が経つ。世界中で自分の家や仕事場、愛する人の元へと戻りたいのに戻れないという状況に置かれている人たちがたくさんいるのではないかと想像する。
そんな時にふと、安部公房の小説『砂の女』を思い出した。旅先で砂丘の奥底に住む女に虜にされた男が、当初はそこから逃れようとあれこれと試みるのだが、いつしかその状況を受け入れていくという話である。物語の最後に、女は子宮外妊娠で危篤状態となり 、穴から出る。砂の穴から抜け出せる好機が巡ってきたのにもかかわらず、男は穴に留まり、ぼんやりと砂を掻き続けるのだ。
「そもそも、なぜ、私はライデンに帰りたいのだろう。今いる東京に家があるというのに・・・。」そんなことを思い始めている私は、砂の女に虜にされた男と同じ運命を辿っているのかもしれない。
(『砂の女』は原作の小説も面白いけれど、勅使河原宏監督による映画も非常によい。岸田今日子の怪演が素晴らしい。とても好きな映画なのだけれど、今は観ないでおいた方がよいだろう。)

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